大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)10010号 判決 1973年1月30日

原告 沢山俊文

右訴訟代理人弁護士 佐藤義雄

右訴訟復代理人弁護士 古田冷子

被告 明倫産業株式会社

右代表者代表取締役 苫野敬太郎

右訴訟代理人弁護士 喜治栄一郎

主文

被告は原告に対し、金一、三〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四四年四月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

一、原告訴訟代理人は、主文第一・二項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、また、被告の抗弁に答えて、つぎのとおり述べた。

(一)  請求の原因

(1)  原告は、苫野敬弥が被告会社上本町営業所専務取締役営業所長名義をもって振り出した別紙約束手形目録表示(1)のとおりの約束手形一通を所持しているものであるが、満期の日に支払場所で支払のため右手形を呈示したが、支払がなかった。なお、苫野敬弥は、右の資格で被告会社の手形を振り出す権限を有していたものである。

(2)  かりに、苫野敬弥に右資格で被告会社の手形を振り出す権限がなかったとしても、被告会社は、苫野敬弥に対し専務取締役営業所長なる被告会社を代表する権限を有するものと認むべき名称の使用を許していた以上、同人に被告会社を代表する権限がないことを知らずに本件手形を取得した原告に対し商法第二六二条により、本件手形について振出人としての責任を免れない。

(3)  そこで、原告は、被告会社に対し本件手形金一、三〇〇、〇〇〇円とこれに対する満期の日である昭和四四年四月一六日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める。

(二)  被告の抗弁に対する答弁

被告主張の抗弁事実のうち、本件手形の受取人である苫野敬太郎が被告会社の取締役であることを認めるが、右手形の振出が商法第二六五条に違反し無効であるとの主張を争う。

本件手形の振出は、被告会社の代表取締役である苫野敬太郎が被告会社のために保証する目的で被告会社から右手形の振出交付を受けてこれに裏書したもので、いわゆる隠れた保証のためになされたものとみるべきであるから、商法第二六五条の適用はない。そうして、原告は、本件手形を取得するに際し、被告会社に照会したところ、その代表取締役である苫野敬太郎は、右手形を支払う旨確約した。

かりに、右法条の適用があるとしても、原告は、本件手形の振出につき被告会社の取締役会の承認がなかったことにつき善意であったから、被告会社は右手形振出の無効を原告に対抗することができない。

二、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因事実に対する答弁および抗弁として、つぎのとおり述べた。

(一)  請求の原因事実に対する答弁

(1)  請求の原因事実(1)のうち、苫野敬弥が原告主張のような記載のある本件手形を振り出したことを否認し、その余は不知。

本件手形は、かって被告会社の常務取締役をしていた古川武雄がその在職中に右手形の振出人らんに押されている記名印を盗用して勝手に振り出したもので、偽造にかかるものである。

(2)  請求の原因事実(2)のうち、被告会社が苫野敬弥に対し被告会社上本町営業所専務取締役営業所長なる名称の使用を承認していたことを認めるが、その余を争う。

前記(1)で述べたとおり、本件手形は、苫野敬弥が振り出したものではなく、古川武雄がこれを偽造したものであるから、被告会社が右手形の振出について商法第二六二条による責任を負うべきいわれがない。のみならず、原告は、被告会社の代表取締役が苫野敬弥ではなく苫野敬太郎であることを知っていたものである。かりに、原告がこのことを知らなかったとしても、本件手形の振出人名義が被告会社上本町営業所専務取締役営業所長苫野敬弥となっていたから、原告は、右手形を取得する際、同手形が代表権のある者によって振り出されたものか否かについて当然に疑問を抱くべきであるのに、この点につき調査せずに本件手形を取得しても重大な過失がある。

したがって、いずれにしても、被告会社は、本件手形の振出につき右法条による責任を負うものではない。

(二)  抗弁

かりに、被告会社がなんらかの理由で本件手形の振出につき責任を負わねばならないとしても、右手形の受取人である苫野敬太郎は被告会社の取締役であって、右手形の振出は商法第二六五条所定の会社と取締役間の取引に該当するから、これが振出につき被告会社の取締役会の承認を受けなければならないところ、その承認を得ていないから、右手形の振出は無効である。そうして、本件手形には被告会社の取締役会の承認があった旨の記載がないから、原告は、右の承認がなかったことを知っていたものである。

三、証拠関係≪省略≫

理由

≪証拠省略≫を総合すると、原告が苫野敬弥が被告会社上本町営業所専務取締役営業所長名義をもって振り出した原告主張のような記載のある本件手形を所持していること、および原告が満期の日に支払場所で支払のため右手形を呈示したが、支払がなかったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

原告は、苫野敬弥が右の資格で被告会社の手形を振り出す権限を有していたものである旨主張するけれども、本件全証拠によるも、これを認めることができない。かえって、≪証拠省略≫を総合すると、本件手形振出当時、被告会社の代表取締役は苫野敬太郎であって、苫野敬弥には被告会社名義の手形を振り出す権限がなかったことが認められる。

二、そこで、被告の商法第二六二条による本件手形振出人としての責任の有無について判断する。

本件手形振出当時、苫野敬弥が被告会社の取締役であったことは前記一で認定したとおりであり、被告会社が同人に対し被告会社専務取締役上本町営業所長なる名称の使用を承認していたことは当事者間に争いがない。

ところで、右法条にいう第三者とは、手形関係においてはその流通証券である性質上から表見代表取締役によって代表せられる会社に対しこの取締役の代表権限を信じて権利者の地位に立つことができる者をすべて包含すると解すべきである。そうして、同法条により、表見代表取締役の行為につき会社が責任を負うためには、第三者が善意であれば足り、その無過失を要しないと解するのが相当である(最高裁昭和四一年一一月一〇日判決、民集二〇巻九号一七七一頁参照)。したがって、本件においては、原告が右苫野敬弥の代表権の欠缺につき善意であったならば、被告会社は振出人としての責任を免れないことになるので、この点につき検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、原告は、被告会社の取締役で長年の知人であった古川武雄から本件手形の割引を依頼されたので、これを承諾し、右手形を割引取得したこと、その際、原告は、古川から被告会社の社長は苫野敬太郎であると聞かされていたけれども、本件手形の振出人が被告会社上本町営業所専務取締役営業所長苫野敬弥となっており、かつ、長年の交際で信頼していた被告会社の取締役であった古川が右手形の割引を依頼したので、苫野敬弥にも被告会社の代表権があるものと信じ、同人の代表権につき特に問いただすこともしなかったことが認められる。

そうだとすると、原告は、苫野敬弥の代表権の欠缺につき善意であったものと解するのが相当である。

よって、被告会社は、商法第二六二条により、本件手形の振出責任を負わねばならない。

三、被告会社は、本件手形は被告会社の取締役である苫野敬太郎を受取人として振り出されたものであるが、その振出につき被告会社の取締役会の承認がなかったから、右手形の振出は商法第二六五条に違反し無効であり、原告がこのことを知って同手形を取得したと抗弁するところ、原告は、苫野敬太郎が実質的には被告会社のために保証する目的で本件手形の振出を受け、これに裏書したものであるから、右手形の振出には同法条の適用がないと争うので、この点につき判断する。

株式会社がその取締役にあてて約束手形を振り出す行為は、原則として、商法第二六五条にいう取引にあたるが、しかしながら、株式会社と取締役との間に利害の対立を生じない手形行為、たとえば、取締役が株式会社のために保証をする目的で、会社の振り出す約束手形の受取人となり、これに第一裏書する、いわゆる隠れた保証裏書をする行為は、右法条の適用を受けないと解するのが相当である。

そうして、本件手形の受取人兼第一裏書人となっている苫野敬太郎が被告会社の取締役であることは当事者間に争いがない。

そこで、本件手形が振り出された経緯および苫野敬太郎名義の第一裏書がなされるに至った経緯につき検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実を認めることができきる。

(1)  古川武雄は、被告会社から融資のあっせんを依頼されたので、兎田某から融資を受けるあっせんをし、被告会社振出の金額一、三〇〇、〇〇〇円の約束手形一通を兎田に交付していたところ、同手形の期日が切迫してきたので、同人が右手形を銀行に取立にまわすと申し入れたので、被告会社の取締役であった苫野敬弥は、その金策に困り、昭和四三年八月ころ、受取人振出日・満期を白地とした本件手形を古川に示し、同人に対し同手形による金融のあっせんを依頼したこと。

(2)  古川は、苫野敬弥に対し、同人の父で被告会社の代表取締役をしている苫野敬太郎に個人保証の趣旨目的で右手形に第一裏書をしてもらってくるように要求したこと。

(3)  そこで、苫野敬弥は、本件手形を持ち帰り、同手形の第一裏書人らんに父に無断で苫野敬太郎の住所氏名を手書し、その名下に有合わせ印を押捺して同人名義の裏書を偽造し、数日後に右手形を古川に手交したこと。

(4)  古川は、本件手形の振出日を昭和四三年八月一五日、受取人を苫野敬太郎とそれぞれ補充したうえ、原告に対し右手形の割引を依頼してこれを交付し、原告において同手形の満期を昭和四四年四月一六日と補充したこと。

以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

そうだとすると、本件手形が振り出された経緯、その第一裏書人である苫野敬太郎名義の裏書が、偽造されるに至った経緯、ならびに同人の氏名が受取人として表示されたのは裏書の連続のためであったことに照らすと、本件手形の振出については、被告会社と苫野敬太郎との間にはなんら利害の対立はなかったものというべきであるから、商法第二六五条の適用を受けないものと解するのが相当である。

したがって、被告の右抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四、以上のとおりであるから、被告会社は原告に対し本件手形金一、三〇〇、〇〇〇円とこれに対する満期の日である昭和四四年四月一六日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息金の支払義務を免れない。

よって、原告の被告に対する本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻忠雄)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例